りぼんの読書ノート

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誓願(マーガレット・アトウッド)

女性たちが自由を奪われて男性への服従を強いられるというディストピア社会を描いた、著者の代表作『侍女の物語』が刊行されたのは1985年のことでした。その続編にあたる本書が、30年を超える時を経て2019年に著わされたことには理由があります。トランプ大統領の登場と、彼が指名した最高裁判事らによって妊娠中絶を違憲とする判決が下されたことが、「ギレアデの悪夢」が現実となりつつあるという危機感を、著者に抱かせたのです。

 

本書には3人の語り手が登場します。ひとりめはキリスト教原理主義者によるクーデターによって誕生したばかりのギリアデ共和国において、女性の人権をことごとく剥奪する体制の構築に力を貸した女性指導者のリディア小母。言わずと知れた『侍女の物語』の悪役ですが、本書では彼女がやむをえず協力を強いられた経緯と、その裏では反ギリアデ運動を率いていたことが語られます。

 

2人めは結婚を拒否して小母となる道を選ぶ、地位の高い司令官の娘アグネス。そして3人めはトロントで普通の娘として暮らすデイジー。しかし彼女は『侍女の物語』の語り手であったオブフレッドが国外脱出した際に連れ去った娘「幼子ニコール」であり、母親は反ギリアデ運動に身を投じていること、アグネスとデイジーが異父姉妹であることが、次第に明らかになっていきます。やがて3人の女性たちの運命は交差し、ギリアデを滅亡へと導く役割を果たすことになるのですが・・。

 

オブフレッドの国外脱出を示唆しながらも終始陰湿なトーンで描かれた『侍女の物語』と異なり、本書は未来への希望を感じさせる物語になっています。その背景には、皮肉にも「世界情勢の悪化」があるのでしょう。十分に暗い世界に必要なものは「警世の書」ではなく「希望の物語」なのでしょうから。そして本書は、この30数年間の間に多くの読者から寄せられた「ギリアデはどのように滅んだのか」という問いへのアンサーにもなっているのです。

 

2024/8