りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

李の花は散っても(深沢潮)

在日韓国人の家庭に生まれ、後に日本に帰化した著者の作品には、国家間の悲劇に抗いながら日韓融和を模索し続けた2人の女性の半生が描かれています。本書には「長く染み付いている男性中心の語りや価値観に少しでも抗いたい」という、著者の願いが込められているのです。

 

1人めの主人公は、かつて後の昭和天皇の最有力妃候補と言われながら、李王世子・李垠に嫁いだ梨本宮方子(まさこ)。林真理子さんの『李王家の縁談』でも描かれた女性です。朝鮮王族に嫁いだことに対する冷たい視線や、日本と朝鮮半島を一体化しようとする「日鮮融和」のスローガンの下、子を産むというプレッシャーに晒され続けた方子は、歴史の流れに翻弄され続けた夫・李垠との愛を全うすることができたのでしょうか。

 

もう一人の主人公マサは、寄る辺ない身の上となって転落していく日本人女性です。東京に留学していた朝鮮の独立運動家の金南漢を追って植民地下の半島に渡ったマサは、日本人であることを隠し続けて戦中・戦後の激動期の朝鮮半島で逞しく生き延びていきます。どうやらマサは方子の父である梨本宮守正が手を付けて放逐した女中の娘であり、方子とは異母姉妹のようなのですが、本人たちはそのことに最後まで気づきません。

 

対照的な境遇を生き抜いた方子とマサの人生は、戦後何年も経ってから朝鮮半島の地で交差します。晩年になって友情を結んだ2人の女性の姿には、心が和らぎます。「国同士の遠いできごとにも、向き合っていた人たちはいたんです。歴史に隠れてしまう個々の痛みや悲しみ、喜びといった感情を見せられたかな」と語る著者の思いは、間違いなく読者に届きました。

 

2024/3