りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

火喰鳥(今村翔吾)

2022年に『塞王の楯』で直木賞を受賞する著者のデビュー作は、まるで「バックドラフト」のような消防小説でした。

 

かつて江戸随一と呼ばれて火喰鳥の異名を得ていた武家火消の松永源吾は、5年前の事件がきっかけで致仕を余儀なくされ、今は妻の深雪と貧乏浪人暮らし。しかも火事にトラウマを抱えてしまった源吾に昔の面影はありません。しかしそんな彼の元に突然、出羽新庄藩から壊滅した藩の火消組織を再建して欲しいと、仕官の誘いが来るのです。生活のために再び火消となった源吾でしたが、用意された費用はわずか200両。優秀な人材や火消道具を整えるには到底足りないのですが・・。

 

物語の前半は、火事場で先陣を切る纏持ちとなる軽業師の彦弥、怪力無双の壊し手となる力士の寅次郎、軍師役の風読みとなる天文方の星十郎という主要メンバー集めが中心です。勘定奉行の娘で計算に明るい妻の深雪の存在も大きいですね。物語の中盤では源吾の過去や新庄藩火消が壊滅した事情を明らかにし、終盤では「狐火」と呼ばれる連続放火犯とのスリリングな対決がクライマックスの「明和の大火」に至るという構成も見事です。オーソドックスな「序破急」ですが、疾走感に溢れているのです。

 

バックドラフト、粉塵爆発、金属燃焼などの技を駆使する狐火の正体や、彼が連続放火魔となるに至った事情や、火災を防ごうとする火消たちとの戦いは「本格火災ミステリ」ですね。その一方で火付盗賊改方頭の長谷川平蔵老中格田沼意次まで絡んでくる、狐火の背景に蠢く政治的な狙いは「陰謀時代劇」。その中で災害に耐えて再び立ち上がる人々の強さや、彼らのために立ち上がる火消たちの心意気までもが伝わってくる作品でした。著者の持てる力の全てを次ぎこんだようなデビュー作ですが、シリーズ化されたのも理解できます。

 

2023/11