りぼんの読書ノート

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ロスト・ケア(葉真中顕)

2012年の日本ミステリー文学大賞・新人賞を受賞した社会派小説です。テーマは介護殺人であり、献身的な介護職人が42人もの高齢者を殺害していたという衝撃的な事件。もちろん許されない大罪なのですが、現代日本ではそれを単純に断罪できない部分があるのではないかと問いかけているのです。

 

老人介護、とりわけ認知症老人を介護することは辛く厳しいものです。高額な有料老人ホームで適切な介護を受けられる者はほんの一握り。比較的安く入れる特別養老人ホームには入所待ちの長い行列ができています。その他大勢は、介護保険による支援はあるものの、家族が引き受けるしかありません。老母の介護に疲れ果てたある登場人物の心を一瞬よぎった「人が死なないなんて、こんなに絶望的なことはない」との思いは、現実の厳しさを象徴しているのです。老齢世代の格差はあまりにも残酷です。

 

犯人が死刑宣告を受ける場面から始まる物語は、性善説を信じている検事と、福祉に関わる数名の登場人物の言動を追いながら進んでいきます。「彼」と呼ばれている犯人探しがミステリ要素であり、意外な人物ではあるのですが、そこがメインテーマではありません。老人介護問題の厳しい現実を訴えることが本書の目的であることは明白です。

 

もちろん命の選別など許されるものではありません。優生思想に傾倒した犯人が障害者福祉施設の入所者を殺害した2016年の「やまゆり園事件」は、その最たるものでしょう。しかし老々介護が行き詰った末に嘱託殺人や無理心中を犯したケースとなると、単純に善悪を論じることは難しい。著者は、「この10年で介護問題に対する世間の当事者意識は強くなり、介護の負担解消や介護職の待遇改善の認識が進んだ」と述べていますが、楽観できる要素は少ないのです。団塊の世代後期高齢者となる今からの10年が、日本の社会のありかたが問われる山場になりそうに思えます。

 

2023/8