りぼんの読書ノート

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獅子の門8 鬼神編(夢枕獏)

格闘家世界一を決定する総合格闘技大会において命懸けの死闘が繰り広げられ、一人、また一人と、選手たちがリングに身を沈めていきます。麻生も、マリオも、ヒョードルも、赤石も、室戸も、岩神も姿を消していく中で、最後に勝ち残ったのは誰だったのでしょう。しかし決勝戦が行われないなどという事態は、さすがに読者の予想の斜め上を行ってくれますね。

 

そしてこのシリーズの読者の誰もが待っていた、羽柴彦六と久我重明の宿命の対決がついに行われます。もちろんそれは正式の試合ではありません。誰にも知らせずに決闘をおこなうようなものですが、闖入者も現れます。著者はまだ、鹿久間源や鬼頭準之介の闘いを描き切ってはいなかったのでしょう。もちろん彼らが頂上決戦の行方に影響を及ぼすなどありえないのですが。

 

頂上決戦に至るまで、5人の少年たちを含めて多くの格闘家たちが登場し、自分だけのドラマを抱えて死闘を繰り広げていきました。もはや「闘う」ことについての描写は、いかに著者といえども描き尽くしてしまった感もあります。全8巻の長いシリーズの掉尾を締めくくる闘いにしては、わずか40ページの描写は短い感もありますが、さすがにアンチ・クライマックスとはなりません。「風が吹いてゆく」が繰り返されるエンディングは、余韻というよりも残心に近いものを感じました。

 

思えば本書における久我重明は、「陰陽師シリーズ」における蘆屋道満のような存在でした。悪役でありながら、主人公の安倍晴明とは不思議と心が通じ合っているような人物なのです。著者が「久我重明バージョンの新しい物語を描いてみたい」という気持ちも理解できます。ただし、途中から影が薄くなってしまった5人の少年たちの「その後」のほうも気になります。

 

2022/11