2015年に第1回日本翻訳大賞を受賞した作品です。既に『ピンポン』や『ダブル』を読んでしまっているのであらためての驚きはありませんでしたが、重いテーマを奇想の中に閉じ込めてしまう著者独特の発想は凄すぎます。
「カステラ」
うるさくて鬱陶しい冷蔵庫は、フーリガンの生まれ変わりなのでしょうか。「本当に大切なもの」や「世の中の害悪を閉じ込め」れば良いとのアドバイスを得た主人公は、父親から始まってありとあらゆるものを冷蔵の中に保存してしまいます。そしてアメリカも中国も入れてしまった冷蔵庫を開けてみると、そこのはカステラがあったのです。
「ありがとう、さすがタヌキだね」
正社員への抜擢を目指しているインターン生の上司が、タヌキになって蒸発してしまいました。タヌキとは世間の敵なのでしょうか。それとも世間からはじかれた者たちを受け入れてくれる存在なのでしょうか。
「そうですか?キリンです」
満員電車に乗客を押し込むバイトをしている青年は、通勤する父親を荒っぽく押してしまいます。やがて会社が潰れて父親は蒸発。スーツ姿のキリンになって駅舎の前に現れたのは、青年の父親なのでしょうか。
「どうしよう、マンボウじゃん」
雲九号に乗って地球を脱出しようとする青年がたどりついたのは、人類で2番めに月面に降りたち「宇宙については何も話したくない」と言ったバズ・オルドリンが設立したというマンボウホテル。はたして宇宙から見た地球は、巨大なマンボウだったのです。
「あーんしてみて、ペリカンさん」
寂れた遊園地のスワンボートに乗りに来る人たちは、皆一様に疲れ果てたボートピープル。やがて遊園地の池は、難民たちの通過地点となってしまいます。
「ヤクルトおばさん」
何か月も便秘に苦しんでいる青年の前に現れたヤクルトおばさんは、「神の見えざる手」として働く、資本主義社会の救世主なのでしょうか。
「コリアン・スタンダーズ」
かつて学生運動の闘士だった先輩は、農村で苦しい生活を送っています。先輩の恋人と結婚した後輩が、農村で見た者ものは、先輩の農園を襲撃するUFOでした。そしてUFOが遺していったクロップ・サークルは、完全は「KSマーク(日本のJISマークに相当するもの)」だったのです。
「ダイオウイカの逆襲」
少年向け雑誌に紹介されていた「150mのダイオウイカ」の記事は、15メートルの間違いでした。ダイオウイカは怪獣クラスではなかったと落胆した少年は、やがて空軍のパイロットになり、巨大なダイオウイカの群れに襲撃されているソウルへと向かうのです。
「ヘッドロック」
突然現れたハルク・ホーガンにヘッドロックをかけられて無様に失神した少年は、体を鍛えて「ヘッドロック魔」となり一般人を襲い始めます。再び彼の前に現れたホーガンのヘッドロック攻撃に対して、バックドロップで切り返すことはできるのでしょうか。
「甲乙考試院滞在記」
まるでカプセルホテルのような考試院で暮らすまでに落ちぶれた学生は、べニア1枚隔てた隣人たちを煩わせないよう、「静粛」のストレスに苛まれます。やがて卒業し、就職し、結婚し、公団マンションに住むようになった今、考試院の小さな密室を懐かしく思い出すのです。
「朝の門」
ネットで知り合った仲間と集団自殺を試みた青年は、ひとりだけ生き残ってしまいます。首を吊るために屋上にのぼった青年が遭遇したのは、誰からも望まれないまま女性から産み落とされたばかりの赤ちゃんでした。「ここから出ていこうとする者と、そこから出てこようとする者の対面」は、何をもたらすのでしょう。
2020/4