りぼんの読書ノート

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飢餓同盟(安部公房)

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1954年に著された本書は、ドストエフスキーの『悪霊』を下敷きにして、地方都市で反乱を起こそうとして失敗した者たちの姿を描いた作品です。著者自身が「類型におちた失敗作」と評価しているように、反乱の手法は未熟であり、展開もかなりとっちらかってはいるのですが、人物造形は見事です。 

 

『悪霊』における扇動家ヴェルホーベンスキーの役割を演じるのが、寂れた田舎町でキャラメル工場主任の地位についている花井太助です。彼は社長と町長を兼ねる多良根に忠誠を誓っているのですが、裏では飢餓同盟という秘密結社を組織していました。そのメンバーは紙芝居屋の矢根、精神病医の森、そして村に戻ってきた地下探査技師の織木。いずれも町政を牛耳っている多良根たちから疎外されている者ばかり。花井は織木の能力を利用して地熱発電所を建設することで、町をユートピアに作り変えようとするのですが・・。 

 

地熱発電所とは、また大きく出たものです。湯脈の発見だけで実現するものではなく、資金や技術や人材を必要とするのですが、その可否を問う必要はありません。問題は、ユートピア実現のための手段にすぎない地熱発電所が、期政権力を打破するための唯一の突破口であるために、目的化してしまったことなのでしょう。花井らの企みは察知され、計画を横取りされるのみならず狂人扱いされてしまうのです。 

 

本書においては、「体制派vs反乱者」に加えて「地元民vs外来者」という対立軸も描かれています。権力者の多良根は元を正せば外来者であり、花井は峠の「ひもじい様」を祭る地元の旧家出身者なんですね。「峠」というのが曲者で、外来者を招き入れる存在であるように思えます。町で権力者となるか反乱者となるかは別にして、新風を呼び込むことで動きが起こるのでしょう。この町は「日本の縮図」なのでしょうから。 

 

2020/3