りぼんの読書ノート

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国宝 花道篇(吉田修一)

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劇的な復活を果たした俊介とともに、歌舞伎界の二大スターとして称されるようになった喜久雄ですが、喜びの日は永く続きません。非行に走った娘は友人たちの協力を得て立ち直ったものの、今度は盟友の俊介が壊疽で片足を失ってしまいます。幼いころから喜久雄を支えてくれていた徳次も中国に旅立ってしまいますが、孤独こそが孤高へと至る道なのでしょうか。 

 

「お父ちゃんがエエ目みるたんびに、うちら不幸になるやんか!」との娘の叫びこそは、芸事で神域に入ることの恐ろしさを象徴しているようです。それは周囲の者たちの運気を全て吸収してしまうほどの、恐るべきことなのかもしれません。50歳を超えてもなお美しく妖艶な姿で舞台に立つ喜久雄は、やがて正気を失っていきます。その姿が人間を超えた魔物に見えてくるのです。そして晩年の喜久雄が見続けていたものが、冒頭で繰り広げられた雪景色の中で父を失った惨劇であると知って、恐怖感すら覚えるのです。 

 

女形というものは男がいったん女に化けて、その女をも脱ぎ去ったあとに残る形である」と作中で語られていますが、その虚ろさをさらに突き詰めていった先には何があるのか。それこそが著者が本書で描きたかった主題であるように思えます。作家生活20周年の節目を迎えた著者渾身の大作です。 

 

2020/2