りぼんの読書ノート

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料理通異聞(松井今朝子)

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天明期の狂歌師・太田蜀山人に「詩は五山、役者は杜若、傾はかの、芸者はおかつ、料理八百善」と詠まれた江戸で一番の料理屋を築きあげた、4代目栗山善四郎の一代記です。祇園の料亭を実家に持つ著者が、江戸料理が成熟していった時代背景についてはダイナミックに、料理そのものについては繊細に描き出してくれます。

精進料理が評判の料理屋の跡取りに生まれた善四郎が、八百善を大料亭に成長させた秘密は、彼の性格にあったというのが著者の解釈のようです。料理に対する野心と、他人への親切心が相俟って、プロデューサー資質を開花させたというのです。そこから、亀田鵬斎大田南畝酒井抱一、谷文晁―、渡辺崋山という、時代を代表する文化人たちとの接点も生まれていきました。

著者は同時に、その場限りの儚い存在である料理が「文化」である理由を、丹念に綴っていきます。精進料理に用いた干ぴょうの出汁の日なたの臭い。繊維に対する包丁の入れ方で味や食感が異なってくる白身魚。脂が回って膨らむと刺身にはならないが、煮つけにすると絶品という平目。包丁を研いだ臭さを残さないための方法。ちなみに卓袱台(ちゃぶだい)というものは、善四郎が長崎の卓袱(しっぽく)料理を取り入れた際に準備したテーブルから生まれたそうです。

善四郎が、食材を吟味し、手間を惜しまず、工夫を施して江戸料理を創り上げていく様子は、著者が作品を生み出す姿勢と似ているように思えてきます。なるほど、料理もまた文化なのです。

2017/3