りぼんの読書ノート

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天皇の料理番(杉森久英)

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明治21年に福井県の料理屋の次男として生まれ、大正期から昭和初期にかけて宮内省主厨長、すなわち「天皇の料理番」を勤めた秋山徳蔵氏の経歴をもとにした小説です。実在の人物であり、実際の経歴からは逸脱していないものの、細部はフィクションであるとのこと。主人公の名前も「秋山篤蔵」と、微妙に変えられています。

彼が西洋料理の道に入ったのきっかけは、鯖江の陸軍連隊食堂でカツレツという洋食に出会ったこと。16歳で単身上京し、華族会館の見習いとして3年働いた後に築地精養軒で修業。憧れのフランス語を学び、21歳の時に私費でフランス留学。もちろん当時では稀なことで、他の留学生は学生や軍人ばかり。それでも日本大使館の紹介を得て一流ホテルの厨房で修業を始めることができたのですが、言葉や文化や人種の違いで相当の苦労があったことは容易に想像できますね。

しかし、その苦労が実を結ぶのです。大正天皇即位の礼で、外国からの賓客に本格フランス料理を提供できる人材として、パリ大使館の推薦で帰国。東京倶楽部料理部長を経て、25歳で宮内庁大膳寮の初代料理長へと抜擢。そしてその仕事は、84歳で現役を引退するまで続くことになりました。この間、西洋料理の普及のみならず、料理人の地位向上のためにも尽くしています。さらに皇室に対する篤い忠誠心を語るエピソードも、多く紹介されています。癇癪を抑えながらのGHQ接待なども、そのひとつ。

彼の業績にも人物にも「一分野の開拓者」らしさを強く感じる作品でした。彼もまた、{{{『坂の上の雲』}}}を目指した1人だったのでしょう。

2016/9