りぼんの読書ノート

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ツーリスト(オレン・スタインハウアー)

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「沈みゆく帝国のスパイ」と副題のついた本書は、翻訳に難があるとの指摘はあるものの、なかなか読ませてくれる、最近まれな「面白い」スパイ小説でした。解説で霜月蒼さんは「スパイ小説をつまらなくしたのは冷戦構造の崩壊ではない」とコメントしています。ジャック・ライアン的な主人公が謀略を俯瞰して管理する類の物語の氾濫が、本来優れたスパイ小説に備わっているべき「魅力的なキャラクターとストーリーを消してしまった」というんですね。

逆に言うと「謀略を背景として主人公の肉体性をともなった物語があればよい」のであり、映画の「ジェイソン・ボ-ン」がそれを証明したと言うのですが、どうでしょう。ともあれ本書は、「ボーン・シリーズ」とも共通する「おもしろいスパイ小説」です。

「ツーリスト」とは、CIAが世界中に放つ凄腕のエージェントのこと。元ツーリストのミロは、ある事件をきっかけに現役を退き妻子と暮らしていましたが、彼のかつての仇敵タイガーがミロの前に現れて自殺したことから物語が動き出します。追い討ちをかけるように、タイガーの正体に迫っていた親友のアンジェラが機密漏洩を疑われ、ミロによる保安調査の最中に死亡。

殺人の容疑で国土安全保障省のエージェント・ジャネットに追われる身となったミロは、信頼できる上司グレインジャーの助けを求めますが、そこにも大きな罠があったのです。真実を解明するたびに、その背後に新たな陰謀の影が現われていき、窮地に陥ったミロは「自首」という最後の大博打に出るのですが、それは彼自身が隠し通していた生い立ちをあからさまにすることでもありました・・。

現代アメリカにおけるスパイの最大の敵は「敵国」ではなく「世論」のようですが、そこには本質的な違いはありません。冷戦時代の「面白いスパイ小説」の醍醐味だって、誰が敵か味方かわからない状況に翻弄されながら、自分が大切にするものを守るために孤軍奮闘するスパイたちの、洞察とアクションだったのですから。その意味では「古典的」でもあるのですが、面白さの醍醐味は不変であり、普遍的だということなのでしょう。

2011/1