りぼんの読書ノート

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コディン(パナイト・イストラティ)

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著者が、ルーマニアの港町ブライラの貧民街で育った自らの体験に基づいて綴った、キラ キラリナアンゲル叔父に続く、バルカンの「人間模様シリーズ」の3作めでは、アウトローたちの生き様を描いた前2作と異なって、著者の分身であるアドリアン少年の眼に映った「社会の敗者」が描かれます。

「沼沢地での一夜」の主人公は、祖母から見て出来の悪い息子だったディミ叔父。「トルコ人の領主が一度だって耕し、種を播いたこともない」葦を許可証もないのに狩るという犯罪に手を染めた叔父は、大事にしていた種馬がいなないたため、番人に見つかるのを恐れて馬を殺してしまいます。やり場のない怒りと悲しみが伝わります。

「コディン」は、醜さゆえに両親からも虐待されて育った32歳の元徒刑囚の大男で、日雇いの港湾労働者。12歳のアドリアン少年は、そんなコディンと親交を結びます。土地所有制が温存されたルーマニアは小麦の輸出国で、貧乏人の主食はトウモロコシ。やがて貧農たちの暴動や港湾労働者の労働問題が起こるのですが、それはまた別の話。ここでは、義兄弟アレクシスの裏切りに怒ったコディンの、母親との間に起こる悲劇が描かれます。

キール・ニコラス」は、故国のアルバニアを捨ててブライラで菓子屋を開いた男。働き者で好人物を演じるキールは、街の住民、兵隊、妻にまで「いかがわしい外国人」として差別され、アドリアン少年にふと本音を漏らします。差別されている貧しい人々が、捌け口を外国人に求めるという図式は悲しいものです。

アドリアン少年は、大人の心を開かせて友達になることができる才能を持っていますね。人間の生き方に興味を持ち、人間の魂の深淵に触れたいと願う、著者の「作家の魂」が、それを可能としたのでしょう。「敗者の物語」ですが、暖かい視点を感じます。

2010/7