りぼんの読書ノート

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横道世之介(吉田修一)

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本書の主人公は、『好色一代男』の主人公「世之介」と同じ名前ですが、直接の関係は希薄です。ただ「いろんな人に思い出してもらえる人生」を歩んだということが、共通項でしょうか。むしろ大学進学のために九州から上京した青年の成長記録という点では、三四郎に近いのかもしれません。しかし時代は明治ではなく、バブルに沸く1987年。大学生はエリートではなく、ごく普通の青年にすぎません。

ちょっと図々しいけれど、頼まれるとイヤとは言えないお人よしで、その場にいるだけで周りの空気を楽天的にしてしまう明るさを持つ世之介クンは、なぜかサンバのサークルに入ってしまい、ホテルで夜勤のバイトを始め、教習所に通い、夏はクーラーのついた友人のアパートに入り浸り、イベントサークルの女性に恋心を抱き、ちょっと変わった恋人もできる1年間をすごします。

彼の身に大事件が起こるわけでもなく、当時の友人や恋人とも、いつの間にか音信不通になってしまうことが「20年後の回想」で明かされます。ある人は中学生の娘の恋愛に悩み、ある人は新進画家のプロデューサーとなり、ある人は国連職員としてアフリカに赴任しているのですが、誰もがフッと、彼のことを思い出すような存在。果たして世之介クンの「今」は・・。

著者は、2001年に新大久保で起きた「ある事件」をもとにこの小説を書き始めたとのこと。悲劇でありながら、ある種の爽やかさを感じさせてくれた「その事件」の当事者は、いったいどんな人だったのか、との思いが膨らんで、「世之介」という主人公が生み出されたんですね。

今はもう音信不通になってしまっている、学生時代の友人たちのことを思い出しました。誰もが「世之介クン」だったように思えてきます。

2010/7