りぼんの読書ノート

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アンゲル叔父(パナイト・イストラティ)

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前作キラ キラリナに続いて、著者自身がモデルと思われる若きアドリアン青年が、先人たちの凄まじい人生の物語を聞くという構成です。今回の語り手は、死を間近にしたアンゲル叔父と、彼の朋友であるイェレミア。

アンゲル叔父は貧しい一族の中での成功者で、努力と幸運の末に財産を築くに至るのですが、美女であることに眼がくらんで悪妻を娶ったことが、彼の転落の始まりになります。息子は戦死し、娘は事故死し、財産も盗賊によって奪われてしまうのです。親戚とも不和になり、酒びたりの生活の末に、ただひとりで過酷な晩年をおくるのですが、彼の凄いところは、そうなってもまだ信仰に逃げず、従容として死を受け入れる点ですね。

さらに凄まじいのが、アンゲル叔父の友人イェレミアが語る、義賊コスマの物語。16世紀にトルコ領となったルーマニアでは、生活を破壊されたキリスト教徒の農民たちが反逆者となって森に逃れ、ハイドゥクと呼ばれる野盗になったケースが多かったといいます。それに対してオスマン帝国が組織した討伐隊をポテラというそうですが、後に独立の機運が高まってくると、ハイドゥクの存在は独立の闘士として美化されてくるようです。でも、ここで描かれるのは、史実でも愛国ドラマもない、人間臭い男の物語。

コスマは自由と正義の情熱を持つものの、完全無欠の英雄像からは程遠い存在です。恋多く、嫉妬心も激しく、弱点も矛盾も多いけれど、自然の生命力に溢れている男。コスマは、語り手のイェレミアの父親なのですが、コスマにとっての運命の女となるのが、イェレミアの母親であるフロレチカ。コスマを嫉妬に狂わせるほどの美女なのですが、コスマ亡き後にハイドォクの女頭目となる物語も続いているほどの豪傑でもあるのです。彼女を主人公にした続編は出るのでしょうか?

ところで、コスマ率いるハイドゥクの一団が、巡礼に化けてギリシャ人総督の居城を襲うエピソードがありました。オスマン帝国は、ルーマニアの治安のためにイスタンブールギリシャ人を派遣していたそうです。後に起こる対オスマン独立戦争では、ギリシャルーマニアは共闘するのですが、被支配民族同士を争わせるのが支配の常道なんですね。

2010/5