りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

最後の瞬間のすごく大きな変化(グレイス・ペイリー)

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村上春樹さんの翻訳です。この人の本を読むのは人生のちょっとした煩いに次いで2冊めですが、フェルメールの絵画を鑑賞するような感じにさせらてしまいます。どちらも寡作で知られているだけでなく、その場の光景を、周囲の空気までも含めて切り取ってしまうかのような描写力が共通していると思うのです。(本書の表紙を見ると、出版社はエドワード・ホッパーを意識しているようですが・・)

彼女の短編をあらすじだけで紹介してしまうと、「図書館で元の夫にでくわした」とか、「病院に父親を見舞いに行った」とか、それこそ一行で済んでしまうようなものばかり。文章だって、表面的な会話をたどっているだけであって、詳細な心理描写があるわけでもない。なのに彼女の作品からは、短い時間の中で揺れ動く気持ちというものが、きちんと伝わってくるのです。

作品の半分くらいが、作者自身がモデルと思われるフェイスという中年女性を主人公にしたもので、あとの半分の主人公はさまざまな女性であり、誰か友人からでも聞き書きしたかのような小説ですが、どちらもいいですね。

一番印象に残ったのは「生きること」という、数ページの短い作品。病気で本当に死にかけて「あたし死にそうなの」と電話をかけてくる友人に、生きる気力を失っていて「あたしもよ」と答えてしまったフェイス。生きたいと願う友人と、精神的に死にかけている自分との対比が鮮やかに描かれます。

病床の父親から「チェーホフのような小説を書いてくれ」と頼まれて、不幸に陥った女性の話のプロットを示しながらも、「人は誰しも決定されていない運命を享受する権利を有しているのに」とつぶやくフェイス。不幸に陥った女性が、しっかり立ち直って自立したっていいんです。

40年間でたった3冊の短編集しか出していないのに、人気が高いということも頷けます。ただ、気合を入れずに流して読んでしまうと、読み終えても何だかわからない短編もありましたので、注意が必要です(笑)。

2008/8