りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ブラックウォーター灯台船(コルム・トビーン)

アイルランドのエニスコーシーという田舎町に生まれた著者は、地元を舞台とする優れた小説を書き続けています。とりわけ、アメリカと地元との間を揺れ動きながら自分の人生を形作っていく若い女性の物語『ブルックリン』は秀作であり、映画も素晴らしい出来栄えでした。

 

本書の主人公はダブリンで女子中学校の校長をしているヘレン。年齢はまだ30代くらいでしょうか。申し分ない夫と2人の息子に囲まれて、社会的にも経済的にも成功したヘレンの生活は充実していました。しかしある日、苦労して逃げ出した過去が突然よみがえってきます。エイズで死の床に就いた弟デクランが、故郷エニスコーシーの母リリーに、そのことを知らせて欲しいというのです。母の家で母と向き合う覚悟をつけられないヘレンは、一時的に退院を許可された弟とともに、岸壁に立つコテージで一人暮らす祖母のもとへと向かいます。3代に渡って対立し続けた祖母、母、娘は、そこで何を語り合うことになるのでしょう。

 

弟の病は誰にとっても不意打ちでしたが、過去の思い出もまた不意打ちです。共有していたはずの過去の事実に対して、彼女たちはそれぞれ全く異なる解釈をしていたのですから。とりわけヘレンにとっては、母の子供時代の苦しい経験や祖母との確執や、母リリーが夫を亡くし続いて娘ヘレンを失った時の辛い気持ちは、初めて聞くことだったのです。それでも思いがすれ違ってしまった家族が和解に至る道のりは険しいもの。本書のテーマが家族愛であることに疑いの余地はないのですが・・。

 

2024/6