りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ブルックリン(コルム・トビーン)

イメージ 1

平易な文章で綴られる、平凡な少女のありふれた悩みが、いかに心を打つものなのか。小説なるものの原点を見る思いで、本書を読みました。時は1951年であり、舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーとニューヨークのブルックリンですが、たとえば現代日本の地方と都会に置き換えても通じるような物語なんですね。でも、これが感動的なのです。

不況下のアイルランドで働き場所を見つけられなかった利発な少女アイリーシュは、神父の口利きでアメリカに渡ります。ブルックリンに下宿して昼はデパートの売り子となり、夜は簿記の学校に通う日々の中で、少女はささやかな体験を重ねていくのです。

母や姉の手紙を読んでのホームシック、同居人たちの好意や意地悪、ダンスパーティと映画、黒人やユダヤ人などが混在する移民社会の姿、ドジャーズへの熱狂、そしてマジメなイタリア系青年トニーとの出会いと恋、コニー・アイランドでのデート・・。

しかし母を支えていた姉ローズの死を知らせる手紙によって、その日々は突然に終わりを告げられてしまいます。約ひと月の予定で帰省したアイリーシュは、孤独な母から頼られるだけでなく、アメリカ帰りという自信も魅力も身につけていたのです。以前は彼女に見向きもしなかったパブの跡継ぎでハンサムなジムから心を寄せられ、望んでいた仕事のオファーさえも来る中で彼女は悩みます。新天地のアメリカか故郷のアイルランドか。トニーかジムか。選択を迫られるアイリーシュは、アメリカへの帰航を少しずつ先延ばしにするのですが・・。

ほとんどこれだけの物語なのですが、心に触れるものがあるのです。学校や仕事のために故郷を出たことのある者なら、とりわけ女性ならば誰でも感じたことがあるジレンマが、静かに綴られているからなのでしょう。「出発と帰還、愛と喪失、自由意志と義務との間で迫られる残酷な選択をめぐる、やさしさ溢れる物語」との原書へのコメントは、期待を違えません。何かが始まるときは、何かが終わるときなのですから。

2013/3