りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

晩鐘(乃南アサ)

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殺人事件によって、被害者の家族も加害者の家族もともに損なわれてしまった『風紋』から7年後、心に癒しがたい傷を負った人々はどうしているのでしょうか。

母を殺害された時に高校生だった真裕子は、人と関わることを嫌って大学の農学部に進学したのですが、最初の就職はうまくいかず、今は住宅展示場に勤めています。父親は再婚し、姉も結婚して子どももできてはいるのですが、真裕子はまだ、母の死に責任があった父親のことも姉のことも許してはいません。ついつい義母に辛く当ってしまうのみならず、生活も自棄的で投げやりなのです。

当時5歳だった加害者の息子・大輔は、妹の絵里とともに長崎の祖父母の家で暮らしています。彼には事件の記憶も獄中にいる父親の記憶もなく、東京で暮らしている母のことも叔母としか知らされていません。しかし伯父の家庭に遠慮をしながらの生活は、12歳の少年の心を蝕んでいたのでしょうか。著者の容赦ない描写は少年の心の闇を照らし出します。

新聞記者の建部は「犯罪被害者のその後」というテーマで特集記事を書くことになり、真裕子や大輔の母の香織を取材するのですが、「結果論」だけでなく、それには意味があったのでしょうか。怒りや悲しみは、よほどのエネルギーがないと長く続かないけれど「恨み」は消えないという、ある犯罪被害者の遺族の言葉が彼に絶望感を抱かせます。

真裕子と大輔の軌跡は、建部を媒介として一瞬交差して、また離れていくようです。建部を愛するようになって再生への道を歩み出す真裕子と、殺人者の息子であることを知って転落していく大輔の姿は、あまりに対照的なのです。ここまで救いのない展開にしなくても・・と思うのですが、「犯罪の加害者以外はすべて被害者になってしまうのではないか」という著者の思いがそうさせたのでしょう。上下2巻の長い物語は一気に読めますが、重い読後感の残る作品です。

2013/3