りぼんの読書ノート

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娘について(キム・ヘジン)

韓国の女性作家たちによるフェミニズムの潮流は力強いものがありますが、本書のテーマはもっと広いようです。もともと著者を知ったのは、最底辺に生きる男女の「今だけ良ければよい」という感覚を写し取った長編『中央駅』であり、社会との不安定な繋がりをさまざまな形で描き出した短編集『オビー』だったのです。

 

本書の視点人物である「私」は元教師で今は老人介護施設で働いている60代の女性です。かつては有名な人権活動家であったものの現在は身寄りもない認知症の老女となり果てているジェンを世話しながら、「私」は複雑な感情を抱かざるを得ません。ジェンの過去に敬意を払おうともしない周囲に対して憤る一方で、夫に先立たれた自分もいずれジェンのような孤独を死を迎えるのではないかと怯えているのです。

 

そんな「私」のもとに、大学の非正規講師である30代の娘が同性の恋人とともに転がり込んできます。互いをグリーンとレインと呼び合う2人は、同性愛者を差別する世間や不寛容な大学当局を容認できず、ストレートに声を上げるのです。しかし異性愛こそが正しいと信じて来た「私」は娘たちを素直に受け入れることはできず、娘への愛情と行動の否定の間を揺れ動きます。折しも介護施設では、ジェンに対して不当な措置が取られようとしていました。

 

さまざまな矛盾した感情の間を揺れ動く「私」の姿に、とまどいを覚える読者もいるのでしょう。しかし著者の姿勢は、最初から最後まで社会的弱者に寄り添い続けているのです。そして「私」もまた、社会的弱者のひとりであることは言うまでもありません。

 

2024/6