りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ホットミルク(デボラ・レヴィ)

主人公のソフィア・パパステルギアデスは、イギリス人の母親ローズと2人で暮らしている25歳の女性です。母娘を置き去りにして他の女のもとへ去った父親に由来するギリシャ系の名字を維持しながらも、ギリシャの言葉も文化も身につけていないことは、ソフィアのアイデンティティの不安定さを表しているのでしょうか。人類学者になる夢を諦めて大学を中退し、原因不明の脚の病を抱えた母親の介護に尽くすソフィアは、確かに自分自身の人生をどこかへ置き去りにしてしまったかのようです。

 

そんな母娘の人生が、ローズの脚の治療のために訪れたスペインの海辺の町で変わろうとしています。これまでローズに処方されていた膨大な薬を捨てさせ、謎めいた治療を行う医師ゴメスの試みは成功するのでしょうか。それとも彼は詐欺師か藪医者なのでしょうか。そしてローズが抱えていた本当の病とは、いったい何だったのでしょう。一方のソフィアは、地元の男子学生や、ドイツ人の謎めいた長身女性に惹かれていきます。やがて彼女は自分を覆っている本当の痛みに向き合うために、母親を置き去りにして、父親が新しい家庭を築いているギリシャへと向かうのですが・・。

 

本書の中には、メデューサ神話をはじめとして、さまざまな神話が書きこまれています。母と娘の共依存関係、父と家族の関係、男性と女性の役割、セクシャリティなどの人間関係から、医療、教育、経済危機、社会構造などの社会的な問題まで象徴している神話に対する疑問や反抗が、本書の底流に流れています。登場人物たちの関係を現実の国家関係にまで敷衍することは無意味ですが、ギリシャ経済危機のさなかの2015年に本書が書かれたことは、偶然ではないように思えます。

 

2023/3