りぼんの読書ノート

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ドゥルガーの島(篠田節子)

大手ゼネコン勤務の加茂川一正は、ダイビングのために訪れたインドネシアの小島で海中に聳え立つ仏塔を発見します。まるでボロブドゥールのストゥーパのような仏塔は、11世紀にアラビア人が島に上陸する前の文明の遺物なのでしょうか。かつてボロブドゥール遺跡公園整備に携わった一正は、この遺跡の保護を自らの使命と心に決めてゼネコンを退社。身軽な大学の非常勤講に転身して、古代遺跡の存在を疑う考古学者の藤井、文化人類学者の人見淳子とともに本格的な調査に乗り出します。

 

しかし本書は単純な冒険ロマン小説ではありません。彼らの前に立ち塞がる現実的な障壁は厚いのです。先住民をあからさまに侮蔑するイスラム系の島民たち。開発を優先するスルタンの末裔や地主たち。遺跡保存に及び腰のインドネシア政府。海中古代遺跡を神殿として崇める先住民集落の漁民たち。彼らによればそこは古代遺跡ではなく、今も生きている原始宗教の聖地でしかありません。ある時は来訪者の男神を受け入れ、ある時は追放したという島の女神ドゥルガーを祀る女性たちは、未開人なのか、遺跡文明の継承者なのか、それとも魔女なのか。そして火山が大噴火の予兆を見せ始めるに連れて、奇怪な出来事が起こり始まます。

 

著者は、初期の『ゴサインタン』以来、『弥勒』、『転生』、『Xωραホーラ』、『インドクリスタル』と、近代国家と一神教に収まり切れない原始宗教が生き延びている辺境社会の神秘を描き続けています。今や世界最大のイスラム国家となったインドネシアですが、その下にはヒンドゥーや仏教が、さらに奥底には各地域の土着信仰が埋まっているようです。現実と神秘が混然一体となった「篠田ワールド」を存分に楽しめる作品でした。

 

2024/3