りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

9歳の人生(ウィ・ギチョル)

おそらく1970年代のソウル。まだ整地しにくい急勾配の斜面に「山の町」と呼ばれる貧民街が存在していたころ、9歳のヨミンは家族とともに山のてっぺんの家に引っ越してきました。もちろん貧しい生活ですが、元チンピラながら心を入れ替えた頼もしい父親と、戦争寡婦の娘でしっかりした母親に恵まれたことが、ヨミンにとってどんなに幸福なことだったのか。彼は後に知ることになります。

 

バラックがひしめく山の町でヨミンが出会ったのは、両親を亡くして姉と2人暮らしのほらふき野郎キジョン、小部屋にこもって天下を夢見る「引きこもり哲学者」、孤独な老婆「洞窟ばあさん」、酒乱の父親に復讐心を抱く不良少年たちのボス「黒ツバメ」など、個性あふれる隣人たちでした。山の町の外にも世界は広がっていきます。生徒に暴力をふるう担任の「給料マシ―ン」、ヨミンに屈折した思いを寄せるおませ少女ウリム、山の町の住民から土地代を徴収しに来るコガネムシ爺さん、「引きこもり哲学者」が一方的な思いを寄せるピアノ教師のユニ姉さん。誰もがヨミンにとっての人生の教師だったのです。

 

多くの人物がヨミンの物語から去っていき、ヨミンが10歳になったところで本書は終わります。しかしヨミンはもう知ったるのです。人生は死ぬ瞬間まで続いていく過程であり、その過程には喜びも、悲しみも、ロマンも、苦痛も、欲望も、挫折も、愛も、憎しみもあるのだと。そして「人生の持つ側面のうち、一部だけをむやみに誇張して、それが人生のすべてであるかのごとく錯覚する必要はない」と。ヨミンの物語は、読者の心の中でまだまだ続いているのでしょう。

 

2023/10