りぼんの読書ノート

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ダ・ヴィンチの愛人(藤本ひとみ)

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯には謎が多く、とりわけ14歳から30歳までフィレンツェで過ごした青年期については本人もほとんど書き遺していないとのこと。本書はその謎に挑んだ作品です。しかしレオナルドを女性として描くとは思いませんでした。確かに「モナリザ」自画像説や、同性愛疑惑もあり、生涯妻子を持たなかったことは事実のようですが、まさか女性とは!本書は、佐藤賢一氏の『女信長』と並ぶ衝撃の性転換作品だったのです。以下の文章では、著者に倣ってレオナルドをアンジェラと呼び、彼女という代名詞を使うことにします。

 

アンジェラがフィレンツェで暮らした1466年から1482年という期間は、豪華王ロレンツォがメディチ家の当主となって権力を掌握した時代と重なります。その一方でメディチ銀行の経営は破綻に瀕しており、反メディチの法王シクストゥス4世との対決や、パッツィ家の陰謀などの事件も起こったものの、なぜアンジェラはフィレンツェルネサンスの最盛期に、ミラノへと去ったのでしょう。

 

著者はその背景には、ロレンツォの弟である花のジュリア―ノに対する恋心があったとしています。ジュリアーノに対する報われない恋心が、彼女を当時のフィレンツェで起こったさまざまな陰謀に巻き込んでしまったというのです。ロレンツォとメディチ家当主の座を争って破れた庶子レオーネや、ジュリア―ノに婚約者を破滅させられたフランチチェスコ・パッツィが復讐の鬼と化したことにも、アンジェラが関わっていたというのですが、ここまでくると少々無理を感じてしまいます。

 

それよりも工房の師ヴェロッキオや、兄弟子であったギルランダイオやボッチチェリとの関係を書きこんでくれたほうがすっきり入ってくるように思えるのですが、芸術面で新たに付け加えることなどないのかもしれません。著者が描きたかったのは、天才芸術家の実像でも虚像でもなく、愛ゆえに陰謀に巻き込まれながら、愛ゆえに芸術の高みに登り詰めたひとりの女性の物語だったのでしょう。

 

2023/4