りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

会社を綴る人(朱野帰子)

『わたし、定時で帰ります。』シリーズのヒットで、「女性のお仕事小説」作家と見られるようになった著者ですが、本書の主人公はアラサー男子の紙谷。自他ともに認めるポンコツで、唯一の実績は中学1年生の時に区の読書感想文コンクールで佳作を受賞したことくらい。派遣社員を10年続けていた彼が、優秀な兄のプレッシャーに押されて小さい同族企業である製粉会社の正社員となれたのは、その会社の社史を読んだことが古手の社員に評価されたから。

 

案の定、配属された総務部では単純なミスを続けて、上司からは何もしないでくれと言われ、古参の営業社員からはバカにされ、優秀な開発部の若手女性社員からは匿名ブログのネタにされる始末。しかし彼は唯一の特技「文章を書くこと」で少しずつ会社に貢献し始めます。心を込めた予防接種のお知らせメールでおじさんたちを動かし、トークが苦手な取引先担当者の立場になってプレゼン資料を作り直し、研究オタクの品質保証部員にコラムのヒントを与えたりするのです。もちろんそれらは全部些細な事。しかしその時会社は大きな転換期を迎えていたのです。

 

先代の急死によって若くして家業を継いだ若い社長は、改革派でした。海外派の役員を招聘し、社内の無駄を排除する一環として社内文書のデジタル化を図ったものの、社長の真意は「いずれ業界再編の波に抗えなくなる」というものでした。やがて大手との資本提携が打ち出され、会社のあり方が大きく変わろうとしている中で、紙屋は「2年間の社史」を綴り始めるのでした。

 

本書はありがちなサクセスストーリーでもないし、ラブ要素もありません。紙屋の唯一のとりえである文章力だって、それほどのものでもありません。しかし本書は「人の心を動かすものは何なのか」というテーマに、著者が真摯に取り組んだ結果、生まれた作品なのでしょう。タイトルの「綴る」とは、「書き著すこと」であると同時に「結びつけること」でもあるのです。

 

2023/4