りぼんの読書ノート

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満漢全席(南條竹則)

著者の分身である南蝶氏こと「でふ氏」は、名もなく貧しく生きてゆくのをモットーとする英文学者でした。しかし君子は豹変するのです。未だ果たさぬ夢である満漢全席を食する野望を実現させるために、せっせと原稿用紙の枡目をうめて「日本空想文学大賞」に応募し、みごと次席に入賞。250万円の賞金を費やして、友人、知人に声をかけ、40名もの人数で中国・杭州に出発。果たして現代の満漢全席は、往時の西太后が3日3晩かけて食べ尽くしたと伝わる究極の宮廷料理に近づくことができたのでしょうか。

 

どうやら中華料理の神髄とは、希少生物の希少部位をたくさん取り集めて、素材を味わうことのようです。熊の掌、駱駝の瘤、鹿の尾、家鴨の舌、不四象の鼻、蛙の頭、猿の脳味噌、鶏の睾丸、珍魚の鱗、蛇の肝、蚊の眼玉と並べられると、凡人であれば食欲など失うこと間違いないのですが、それこそが貴人の贅沢なのでしょう。もちろん高級酒や、宴を盛り上げる歌舞音曲も欠かせません。しかしまだ物価の安い1990年代の中国であっても250万円程度では完璧とはいかないようです。豪華絢爛ながら抱腹絶倒の満漢全席体験の次第を描いた短編「東瀛の客」の主題が、本書のタイトルです、

 

他には、王昭君の怨霊が麺と羊を合体させた「麺妖」、豚足と美女に命を奪われそうになる「猪脚精」、夢と現の間に消えた「華夏第一楼」、生霊が酒をねだる「老酒の甕」、幻視体験のような「餃子地獄」と「画中餅」、タツノオトシゴ占いが会社に西方浄土をもたらす「骨相譚」が並録されています。いずれも著者初期の短編です。

 

2023/4