りぼんの読書ノート

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たった一人の反乱(丸谷才一)

歴史的仮名遣いで有名な著者ですが、1966年から1974年までの一時期は現代的仮名遣いを用いていたとのこと。本書はその期間である1972年に書かれています。どうりで読みやすいと思った。

 

東大出身の元通産官僚で、現在は民間会社の部長職に就いている馬淵英介が主人公。3か月前に妻を亡くした40代の男性が、20代モデルのユカリと知り合って再婚するところから物語が始まります。この英介という男、思いっきり俗物です。はじめは妾とするつもりだったユカリに結婚願望があると知ってうろたえたり、社内の地位や周囲からの評価を気にしたり、当時一般的だった体制批判者にも理解があるふりをしています。唯一の武勇伝である防衛庁への出向拒否だって単なる打診を応諾しなかっただけのことであり、これが直接の退職原因ではありません。

 

しかしそんな英介の周囲が、ユカリとの結婚を機に騒がしくなっていきます。怪しい市民論を振りかざす大学教授でユカリの父親。人殺しの罪で服役していたユカリの祖母歌子。ユカリの過去を知っているという胡散臭く厚かましい業者の村田。ユカリの親友とつきあっているカメラマンの貝塚。歌子と同囚であった掏りのニンジンお豊。歌子の愛人となるマンション管理人の平岡・・。読者は俗物の英介が、何かとんでもない事件に引きずり込まれるのではないかと思うはず。もちろんその期待は裏切られないのですが、決定的なカタルシスではないことも、いかにも村田らしい。

 

ではタイトルの「たった一人の反乱」とは何を意味するのでしょう。英介の出向拒否なのか。家政婦のイチが馬淵家を出たことなのか。貝塚の受賞挨拶拒否なのか。歌子や平岡の警察への抵抗なのか。それともユカリの父親がとうとうと語る、芸術による市民社会の超克なのか。決定的な反乱は、本書の中ではまだ語られていないように思えます。それは英介が俗物的な自我を乗り越えた時に起こるのでしょう。そうでない限り彼は、反乱を起こされる側にしか立てないのでしょうから。

 

2022/6