りぼんの読書ノート

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横しぐれ(丸谷才一)

中世の和歌・連歌を専攻とする東京の大学教授が主人公。水戸で産婦人科医師であった父が亡くなる前に聞かせてくれた若き日の四国旅行の話をきっかけとして、奇妙な追跡劇が始まります。父の旧友で四国旅行に同行した旧制高校国語学教授の黒川先生は、松山の道後温泉茶店で、乞食坊主と出会って酒を酌み交わしたという父の話を補足してくれました。黒川教授が発した「横しぐれ」の一語に感心して雨の中に飛び出していった乞食坊主は、その年の暮れに亡くなっていた山頭火だったのでしょうか。確かに山頭火には「しぐれ」の言葉を用いた秀句が多いのです。

 

漂泊の詩人山頭火にとって「時雨」とは「死・暮れ」のことであり、「横時雨」とは「横死」に通じるのではないか。父と黒川先生との出会いが、山頭火の横死に結びついたのではないかとの連想は、亡き父の思い出を美化するためのものにすぎないのでしょうか。偶然と妄想から成り立つ推理は、やがて幻想にすぎなかったことが明らかになるのですが、それは主人公に全く別の真実を告げることになりました。

 

それは父が四国旅行に出た真の理由でした。かつて父が母以外の女性を愛したことがあり、後に他の男の子を身籠ったその女性の中絶手術に失敗した父は、営業停止処分を受けて友人とともに遍路に出たというのです。父親のために行った探索が、父親が息子に隠し通したかった過去を発見してしまうことに結びついてしまうというのはまるでギリシャ悲劇です。「横しぐれ=横殴りの激しい雨」を受けることになるのは、主人公自身にほかなりません。

 

1974年に書かれた本書は、1991年にイギリスの外国文学特別賞を受賞しています。先に読んだ『中年』と同様に、優れた現代短編小説のあり方を指し示してくれた作品だったということなのでしょう。

 

2022/6