りぼんの読書ノート

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じんかん(今村翔吾)

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とっくに全てが書きつくされたとも思える時代小説というジャンルにも、時折新しい視点が入ってくることがあります。SF的要素や伝奇的要素、あるいは現代的な視点に頼らずに新風を持ち込むことは想像するだけでも困難なのですが、本書はそれに成功しています。希代の悪人とされる松永久秀を、民を信じる理想主義者の武将として描き出し、彼を滅ぼした織田信長を真の理解者として持ち出したことが意表を衝いてくれました。

 

著者は前半生が不明な松永久秀の出身を、戦国孤児に求めています。父母や仲間の命が意味なく失われていく中で神仏の存在を疑うようになり、人が生まれ死ぬ理由を思い悩む少年は、とてつもない理想を抱く武将・三好元長に出逢って臣従します。元長の理想とは、修羅が跋扈する戦乱の世を終わらせて人間の国を作るというものでした。ではなぜそんな久秀が、主家である三好家を乗っ取り、将軍義輝を殺害し、東大寺を焼き討ちするという三大悪行を行うに至ったのか。そして信長に対する二度の謀叛の背景にはどのような事情があったのか。かなり読者の興味を引くテーマ設定と言えるでしょう。

 

もっとも久秀と信長の間に共通点が見出せることは、初出ではありません。東大寺焼き討ちと比叡山焼き討ちという共通項に加えて、両者ともに合理主義者であることは多くの人が指摘しているのです。しかしそこにとどまらず、両者ともに理想主義者であったのではないかという視点が、さまざまな新解釈の基点となったのでしょう。著者の作品を読んだのは『童の神』に続いて2作めでしかありませんが、今後とも注目していきたいと思います。

 

2022/2