りぼんの読書ノート

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聖者の行進(堀田善衞)

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大著『ゴヤ』を書き上げて以降の晩年をスペインで暮らした著者が、主に中世ヨーロッパを舞台にして描いた宗教色の強い短編集です。『路上の人』、『ミシェル 城館の人』、『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』、『方丈記私記』などの長編との関わりも強く感じられます。

 

「酔漢」

冒頭の本作のみが平安期の日本を舞台にしています。加賀の目代による延暦寺末社への狼藉がこじれて。延暦寺本山宗徒の朝廷への強訴事件に発展。とばっちりで罪を得た武士が焼身自殺したことで、京は大火に襲われます。一番とばっちりを食ったのは京の庶民でした。方丈記に記された事件だそうです。

 

「至福千年」

教会から否定された千年王国説幻想は庶民の俗信に生き残って、やがて十字軍を引き起こします。著者は、狂信が生み落とした悲劇を描いたこの作品を「ある諦念をもって書いた」とのことです。

 

「ある法王の生涯」

「最後のローマ皇帝的法王」として権勢を誇ったボニファティウス8世は、いかにして法王にまで成り上がり、なぜ「アナーニ事件」によって無残な死を迎えることになったのでしょう。この法王の後にローマ教会の権勢は地に落ちて「アヴィニョン捕囚」時代が訪れます。

 

「方舟の人」

教会大分裂時代の最期の法王となったベネディクトス13世は、コンスタンツ公会議にて廃位され、スペインのバレンシアでの隠棲を余儀なくされました。しかし本人は95歳で亡くなるまで、自身が真の教皇であると主張し続けたようです。最後には「全世界・全人民を破門する」という独善の人でした。

 

傭兵隊長カルマニニョーラの話」

フランス、スペイン、イギリスなどの近世国家で国軍が創設されるまで、戦争は傭兵同士が行うものでした。ミラノとヴェネツィアの両国を股にかけ、馴れ合いの戦争で英雄となった男でしたが、末路はやはり悲惨でした。近世以降の国家間戦争に比べれば牧歌的な戦争ともいえますが、略奪て凌辱の被害を受け続けた庶民にとっては、大差ないのかもしれません。

 

「メノッキオの話」

イタリアの山村で庶民的ながら原理主義的な宗教に関する暴言を吐きまくった粉屋は、16世紀という宗教改革が起こった時代でなければ放置されただけだったのかもしれません。

 

「聖者の行進」

物語の舞台は一転して19世紀のブラジルへと移ります。荒野の奥にあるという聖地を目指して行進を続けた貧民たちは、広大なアマゾンに消えていくのです。著者はそこに、宗教がもたらした狂気の果てを見たのでしょう。

 

2020/11