りぼんの読書ノート

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オクシタニア(佐藤賢一)

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1209年の十字軍結成から1244年のモンセギュール陥落まで、35年の長きに渡る「アルビジョワ十字軍」の歴史を、信仰と信念と愛情の物語として描ききった渾身の一作です。同じカタリ派弾圧をテーマにした帚木蓬生さんの『聖灰の暗号』を読んだのを機に、読み返してみました。

第一章。フランス北部の小領主にすぎないシモン・ド・モンフォールは、十字軍の指揮を取ることになりましたが、これはとんだ外れ籤。諸侯の軍が引き上げた後に寡兵で敵地に残されてしまいます。しかしそこで起こった奇跡的な勝利が、シモンを鬼人に変身させます。瞬く間にオクシタニアを平定してのけます。

第二章。オクシタニアの薔薇の都・トゥールーズの人々は、カタリ派を容認する旧領主ラモンの起こした反乱に同調しますが、シモンの攻撃を受けて風前の灯。しかし、ここでも奇跡が起こります。陥落を覚悟した民兵隊長エドモンの前で、新妻のジラルダが発射した投石器がシモンを直撃。街中が戦勝に沸く中、ジラルダはエドモンを振り切って、カタリ派の完徳者として出家すべく街を出るのでした。

第三章。トゥールズ伯に復帰したラモンの息子は「現実家」として描かれます。彼にとって勝利は合理的な戦略の結果であって、神意が介入する余地などないものでした。ようやくオクシタニア遠征に乗り出したフランス王の軍に対しても有利に戦いを進めたものの、教会が仕掛けた罠にはまって屈辱的な条約を強制されてしまいます。彼もまた「信仰の力」に気づかされるのです。

ここまでも十分に読み応えがあるのですが、物語の主題はここから始まるのです。それは異端カタリ派の完徳女となったジラルダと、ドミニコ派異端審問官となったエドモンの、信仰と信念と愛情とが交錯する物語。異端信仰に走った妻を連れ戻すために正統のドミニコ派にすがった夫エドモンは、今や異端審問官。カタリ派の者たちを火刑に処していきながらも、ジラルダの無事を願って彼女を追い求めます。

一方で、完徳女として現世の懊悩を全て断ち切ったはずのジラルダですが、彼女自身から溢れ出る強い生命力とエドモンの包容力に対する反発こそが、彼女にその道を選ばせたということに気づいたようです。再度蜂起した若ラモンも敗れ、カタリ派は最後の砦であるモンセギュールに追い詰められます。死を覚悟したジラルダは、十字軍全権として降伏を勧めに来るエドモンと再会するのですが・・。

著者は、宗教的な意味では、正統と異端の違いにはこだわっていないようです。非難されるべきは、宗教上の対立を大義名分として、残虐な行いに及んだり、英雄的に火刑へと身を躍らせる、人間の意地の張り合い。ジラルダとエドモンは、そういった愚かさを超越できたのでしょうか。

オック語を関西弁に置き換えて自由都市トゥールーズのイメージを大阪と結びつけたことは、成功していると思います。抵抗を感じる人もいるでしょうけどね。

2007/10再読