りぼんの読書ノート

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イトウの恋(中島京子)

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FUTON (中島京子)』の著者による、直木賞受賞作です。あちらは花袋でしたが、こちらは、ヴィクトリア朝イギリスの女性旅行家イザベル・バードの『日本奥地紀行』に想を得て書かれたラブストーリー。

明治初期に訪日したイザベルが、東北・北海道の踏破に乗り出した時の年齢は40歳。通辞として雇われた伊藤鶴吉は、戊辰戦争で父を失って流れ着いたヨコハマの波止場で英語を身につけた、まだ20歳の成年。イザベルとイトウの間には、深い溝が横たわっていたはずです。文化も、人種も、世代も、教養も、常識も、大きく異なっていた2人の間にはどのような心の交流があったのでしょう。

物語は、中学教師の久保がイトウの手記を発見したところから始まります。どうやら彼の曾祖父が、後に通辞会社を起こしたイトウと親交があったようなのですが、手記は途中で途切れていました。久保は手記の後半を求めて、イトウの子孫と思われる女性・田中ハジメを尋ねていきます。

手記の探索において鍵となるのは、失踪している田中の母の存在でした。彼女がイトウの孫娘だったんですね。お互い独身の久保と田中の関係はなかなかドラマチックにはなりませんが、手記の探索を通じて徐々に明らかになっていく田中の母の人生は、2人の心にもある変化をもたらしていくのでした。

「『旅の時間は夢の時間』とあの女(ひと)は言った」と綴るイトウの手記は、晩年のイトウが孫娘に語ったとされる「おまえは誰のようになる必要もない、ただおまえ自身の不可思議な人生を生きよ」との言葉と符合して、不思議な感覚を呼び起こしてくれます。それは、明治以降、世界史的にも数奇な運命をたどった日本というこの国で、この時代を生きていることをどう思うのかと関わってくるような気がします。

2007/9