りぼんの読書ノート

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野いばら(梶村啓二)

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幕末の日本で触れ合った「国籍を超えた男女の想い」を現代から俯瞰する物語です。明治初期に訪日した女性旅行家イザベル・バードと通辞イトウの心の交流を描いた中島京子イトウの恋と共通するものを感じますが、男女の国籍が逆ですから読後感は全く異なってきます。

種苗会社に勤めて植物の遺伝子情報ロイヤリティにかかわるM&Aに携わる縣和彦が、英国コッツウォルズで偶然出合った婦人から渡された150年前の祖先の手記。そこには幕末の日本に駐留した英国武官エヴァンスと、日本語教師となった女性ユキとの間の秘められた恋が記されていました。

生麦事件の直後の日英関係が緊張を高めていく中で、攘夷浪人から狙われる危険すらあることを承知で英国人屋敷に出入りするユキは、「敵国」の情報収集を目的とするユーディット役なのでしょうか。彼女を紹介した幕府外交官の目的や、離縁経験ある彼女と噂があったという浪人とは何者なのでしょうか。自分がユキを愛してしまったことに気づいたエヴァンスは悩み苦しむのですが・・。

「いろは仮名」を覚えて「あらかじめ死と無常を織り込んだ詩」を初めて文字を学ぶ子供たちが共有する文化のユニークさに感じ入ったり、一輪挿しの切花に死の匂いを嗅ぎ取ったりするエヴァンスの幕末の日本文化に対する情感は、著者の感性ですね。その感性は現代日本人の和彦が「種子と音楽の共通性」に思い至り、目的を見失った人生からの再生を予感するエンディングへと結びついていきます。

日本原産の野いばらが、コッツウォルズの田園地帯に咲き乱れる群生となるまでには、実際にはどんなドラマがあったのでしょうか。第3回日経小説大賞受賞作です。でも祖先の手記を読んだコッツウォルズの婦人が抱いた「男性って勝手ですね」との感覚のほうが正常なんだろうな。^^;

2012/3