りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

テロル(ヤスミナ・カドラ)

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検閲を避けるために女性名のペンネームを用いている作者が、前作のカブールの燕たちに続けて著した「紛争都市3部作」の第2作。前作が寓話的な色彩を帯びていたのに対して、こちらはショッキングな内容です。

舞台はイスラエル。アラブ系でありながらイスラエル帰化して、外科医を務めるアミーンに突然もたらされた残酷な知らせ。自爆テロの現場で、妻のシヘムの遺体が発見され、しかも彼女自身が自爆テロ犯である可能性が強い・・。

アミーンは、テルアビブの病院で、たったひとりのアラブ人医師。偏見と差別を乗り越えて、エリートとして上り詰めてきました。妻のシヘムも、結婚してから15年の間、夫と苦労をともにして、やっとつかんだ幸せを満喫し、家を飾り付けたり、海外旅行を楽しみにしていた様子だったのに、どうして自爆テロなんか起こすに至ったのか・・。

彼は、妻が送ったサインを見過ごしていたのでしょうか。妻の真実の姿を求めて、ベツレヘムから、さらに危険なパレスチナへと入り込んでいくアミーンが見たものは、まさに戦場に生きる同胞たち。

どちらか一方の側に立って書かれた小説ではありません。彼を差別するユダヤ人も、親身になって心配してくれるユダヤ人もいます。過激的な言辞を弄するアラブ人も、平和を望むアラブ人も登場します。

それだけに、両者を隔てる壁の現実が、いっそう重くのしかかってくるのです。読書が「世界を開いてくれる扉」であるとしても、この本が開いてくれたのは、なんと厳しい世界へ通じるドアだったのでしょう。今月のお勧めの一冊です。

2007/4