りぼんの読書ノート

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名もなき毒(宮部みゆき)

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宮部さん、相変わらず文句をつけようもないほど上手です。テーマも、展開も、結末も、人物描写も、すべて完璧です。でもだからこそ、かえって物足りなく思えてしまう。宮部さんには、もっと強烈なサプライズを期待しているからでしょうか。

主人公は『誰か』で探偵役を務めた杉村三郎。財閥企業のオーナー会長の娘と結婚しながら(むしろ結婚したから)、何の野心も持たずに淡々と社内報を編集している男。宮部さん、彼を主人公にしてシリーズ化していくつもりのようですね。

本書のテーマは、現代社会で人の心と身体を蝕む「毒」。土壌に潜む毒のようにひっそりと埋もれたままで汚染を広げ、その存在に気付いた時には既に手遅れになってしまう。被害者に残るのは、大切なものを失った喪失感とやり場の無い怒り。不可解で強烈な悪意に遭遇した時、人はいかに無力な存在なのでしょう。

本書で取り上げられる無差別型殺人は『模倣犯』の劇場型愉快犯よりも、他者の存在や感情を全くおもんばかれない想像力の欠落という意味で、さらに先を行ってしまいました。それが怖いのは、その風潮が増していることを普段感じているからです。電車の中での化粧とか、「世界系」の文学の登場とかも、そのひとつの形態・・・などと言ってしまうと、バッシングにあうかな。

主人公が直接に被害に遭うことになる「自己実現を果たせないでいる屈折した思いが、不意に第三者に向かってしまう」ケースの方がまだ、理解の余地があるかもしれません。最初に感じた物足りなさは、現実を超越した解決が存在しないことを思い知らされる苛立ちなのでしょうか。

2007/2