りぼんの読書ノート

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ゲームの王国 下巻(小川哲)

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ポル・ポトの隠し子とされるソリヤも、天賦の知性を有する農村出身のムイタックも、大量殺戮の時代を生き延びました。敗者には死が与えられる、人生というゲームで勝ち続けたのです。ソリヤはクメール・ルージュの幹部の座を捨てて親ベトナム派に、さらには民主主義政党の党首へと転身し、首相の座を狙うまでになっています。彼女の目的は公正なルールに支配される「ゲームの王国」を作り出すことでした。

一方のムイタックは、大学教授となって脳波の研究をしています。彼の目的は、現実世界における「ゲームの王国」を否定し、純粋なゲームの中で得ることができる幸福感を持続させること。もう一方で彼は、内戦時代に起こった事件のためにソリヤを仇敵として憎んでいたのです。民主カンボジアの総選挙を前にして、2人の対決は頂点へと向かっていくのですが・・。

特定の脳波を分析することで、過去に幸福をもたらした記憶を呼び起こすという点が、本書を「SF」と分類することになるのでしょう。しかし記憶というものは、捏造されたり本人も騙されたりする、あてにならないものなのです。そしてムイタック自身、ソリヤに抱いていた感情は憎悪ではなかったようなのです。

上巻の奇想天外な面白さが、下巻になって減速してしまいました。上巻の歴史的背景であったクメール・ルージュによる大量虐殺時代という迫力は望みようがありませんが、「ソリヤvsムイタック」の直接対決がゲームの中で実現する終盤までが、解説過多だったのかもしれません。それでも上下巻通じてのテーマも展開も素晴らしく、間違いなく今月イチ押しの作品でしょう。

2019/4