りぼんの読書ノート

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京都インクライン物語(田村喜子)

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明治維新後、首都機能も皇室も東京に移った後の京都は、近代都市としての発展を目指しますが、それを阻んでいたものは水資源の乏しさだったそうです。それを解消するために、琵琶湖から水を引く疎水事業を実現した者たちの物語。

前半の主人公は第3代京都府知事の北垣国道。灌漑、上水道、水運、水車動力を目的とした琵琶湖疏水を計画し、産業基立金、国費、市債、寄付金、京都市民に対する目的税などを充当して、計画を軌道に乗せるまでの政治的な活躍が描かれます。琵琶湖を擁する滋賀や、淀川の増水を懸念する大阪の反対は当然としても、負担が増える京都市民までもが反対する中での事業化ですから、先見の明に加えて剛腕もふるったようです。

後半の主人公は、主任技術者として疎水の設計監督の任に当たった田邉朔郎。工部大学校を卒業したばかりの若輩であったにもかかわらず、外国人技術者を頼むことなく難工事を完遂させるまでの苦労が描かれます。中でも当時最長の2.4kmの長等山トンネルは難所であり、竪坑を利用した工事も日本初のものでした。この工事は、日本の測量精度と掘削技術の高さが世界水準に達したことを示すことになったわけです。

簡潔な文体で事実関係が丁寧に綴られた、読みやすい作品でした。著者は、新聞記者を経て京都を舞台とするノンフィクション、さらには本書を契機として土木・インフラ工事関係の作品も多く著しているとのこと。先人たちの苦労を記録しておくことは重要ですね。本書に触れなければ、琵琶湖疏水の成り立ちなどに接することはありませんでしたので。

2019/3