りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

神鳥(イビス)篠田節子

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既に大御所感が漂う著者が、まだ30代の時に著した第6作目の長編です。それぞれに限界を意識しているイラストレーターの葉子とバイオレンス作家の慶一郎が、転機を得るために取り上げたのが、夭折した明治期の日本画家・河野珠枝でした。芸術家たちの間で浮名が高かったものの、凡庸な作品しか遺さなかった珠枝でしたが、死の直前に描かれた「朱鷺飛来図」だけは妖しい魅力を放っていたのです。

決して美男美女ではなく、身持ちが固すぎる30過ぎの女性と髭面でむさくるしい男性の会話はかみ合いません。コミカルなすれ違いを重ねながらも、画に隠された謎を追って珠枝の足跡を追って、新潟から佐渡へ、そして奥多摩へと向かう2人が、いつの間にか時空を超えた異界に入り込んでしまいます。読者も気づかないうちに、ホラーへと変貌してしまう展開が見事ですね。

滅びゆく種というイメージが強いトキですが、明治期まではまだ日本国内のどこにでも生息していたとのことです。肉や羽毛を得るための乱獲、農薬による獲物の減少、山間部の水田の消失によって絶滅へと向かったわけですが、その過程では人間に叛旗を翻した群れもいたのかもしれません。じっくり見ると、赤い皮膚が露出した頭部や、長いくちばしは不気味に思えてきます。

解説者は、「美しいものは恐くなければならない。恐いものは美しくなければならない」との初版のキャッチコピーが「物語の実像をストレートに表現している」と述べていますが、的確な指摘かと思います。ついでながら、舞台となった奥多摩が山梨・丹波山や埼玉・秩父との都県境に位置することは知っていましたが、長野県との境も意外と近いのですね。直線距離では20km程度のようです。

2019/2