りぼんの読書ノート

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この世の春 下(宮部みゆき)

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現代でいう所の多重人格証を発症して実の父親である先代藩主を殺害した、前藩主の北見重興が藩主の別荘である五香苑に監監され、治療を受けていることは上巻で述べました。

重興の内に潜む人格は、彼自身の少年時代を体現するような怯える少年、彼がありたかったであろう快活な少年、不気味にすすり泣く女性、そして勇猛な武人。正常時の重興に気に入られた多紀が聞き出した情報から、これは幼少期の事件と関わりがあると睨んだ蘭学医の白田登は、実直な元家老の石野織部、部屋住みの田島半十郎らとともに、調査を開始。

そこから浮かび上がってきたのは、英邁な先代藩主であった父親と謎の女性による小児猥褻行為だったのですが、なぜそんなことが起こったのか。やがて30年前に起こった事件を発端として、藩主一門に対して恐るべき復讐と犯罪が仕組まれていたことが明かになるのですが・・。

本書は、魂の解放に関わる物語です。そのためには過去のおぞましい真実に目をつぶることなく、病んだ魂に寄り添うことが必要だったのであり、気丈ながら心優しい多紀が果たした役割はかけがえのないものでした。しかし救われたのは重興だけではありません。嫁ぎ先で非道な目にあっていた多紀も、過去の事件を隠ぺいしてきた元家老の石野織部重臣たちも、息子を救えなかった母も、夫の力になれなかった奥方も、過去の事件の被害者の遺族たちも、ついでながら顔の火傷を気に病んでいた女中の鈴も、それぞれに抱えていた自責の念から救われたのです。

人間の悪意との対決も怪異が果たす役割もともに、著者が長く綴ってきたテーマです。その両者が融合された本書は、作家生活三十周年記念にふさわしい作品でした。

2018/10