りぼんの読書ノート

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アルテミス(アンディ・ウィアー)

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極限状態のサバイバルを徹頭徹尾科学的に描いたハードSF火星の人の著者が次に選んだ舞台は、月世界でした。しかも本書の主人公は、貧しくもユーモア精神にあふれた自称天才美女なのです。ついでにサウジアラビア人。

5つのドームに2000人の住民が居住する月面の人工都市「アルテミス」で、ささやかな密輸業者として生計を立てているジャズが、大物実業家のトロンドから頼されたのは企業買収が絡んだ破壊工作。破格の報酬に目がくらんだジャズは、単独で「月面ミッション・インポッシブル」を試みたものの中途半端な結果に終わってしまい、その間にトロンドが暗殺されるという最悪の結果。

実はその背後には、観光経済に行き詰っていたアルテミス統治官の深い企みがあったのですが、ジャズの失敗とトロンドの暗殺で頓挫してしまった模様。もちろんこのままでは終わりません。ジャズは、彼女のことを心配していたEVA(船外活動)ギルド主任のボブ、やはりEVAマスターのデイル、保安部のボスであるルーディ、仲違いしていた腕利き溶接工の父親アマー、彼女に想いを寄せるマッドサイエンティストのスヴォボダ、トロンドの愛娘で身体が不自由なレネらとともに、今度は本格的な「月面ミッション・インポッシブル」を再開するのですが・・。

『火星の人』と同様に、科学的背景が丁寧に説明されている点が魅力的です。アルテミスでは月面にゴロゴロしている灰長石(CaAl2Si2O8)を電気分解して酸素を得ているとか、真空下での溶接方法とか、低重力下でのアクションとかも、全て科学原理に忠実なのです。加えて、アルテミスが生まれて成り立っている政治経済的背景や、民族/宗教/LGBT/社会階層/身体障碍などの多様性に溢れた登場人物たちを配置するなど、細部まで丁寧に書き込まれている作品です。

著者は、このように作り上げた「アルテミス社会」を背景にして、複数の作品を書き続ける構想を持っているとのこと。次作を楽しみに待ちましょう。

2018/8