りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

心臓抜き(ボリス・ヴィアン)

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「肺の中で睡蓮の花が咲く」という奇病に罹った少女を愛する男の物語であるうたかたの日々に、「心臓抜き」なる凶器が登場していましたが、本書で描かれるテーマはより精神的な苦痛です。

過去を持たず、空虚な存在として生まれた精神科医ジャックモール。偶然に妊婦クレマンチーヌの出産を助けたことから、その村に住み着いた男の空虚を満たすものは、人々の恥でしかないのでしょうか。そして恥を拭い去る「心臓抜き」とは自由へと至る道なのか。それとも死を意味するのか。

三つ子の出産の後に徹底した男嫌いになったクレマンチーヌ。手製の船で海へと出ていく夫のアンジェル。少年や少女や動物を虐待し、老人を売買する村人たち。村人たちから恥と金を与えられる船乗りのラ・グロイール。いつしか日付もあいまいになっていく中で、育っていった三つ子は、空へと飛翔しようとするのですが・・。

登場人物たちの名前は、それぞれ死や栄光や天使を暗示しているのですが、村に咲くカラミーヌやブルイユーズという架空の草花の名前も暗いイメージを漂わせ、繊細で優しい鳥マリエットは操り人形を思わせます。本書の持つ軽さと暗さをより深く味わうには、フランス語に詳しくないといけませんね。

作家、詩人、画家、俳優、歌手、ジャズ・トランぺッターなどの多彩な才能を持て余したかのように、39歳で早世した著者が描いた世界の出口は、どこに向かうのでしょう。それは「自由か死か」の二者択一であってはならないと思うのですが。

2018/4