りぼんの読書ノート

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パーク・ライフ(吉田修一)

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2002年上期の第127回芥川賞受賞作です。

ストーリーらしいストーリーは何もありません。都会で働くサラリーマンの青年が、地下鉄で偶然話しかけた女性と日比谷公園で再会し、微妙な距離感を保ちつつ会話を交わしていく物語。会社の先輩とか、離婚しそうな先輩夫婦とか、彼らが飼っている猿とか、息抜きに上京してくる母親なども登場しますが、それらは皆、背景のようなものといって差し支えないでしょう。青年と女性の会話で成り立っている小説なのです。

臓器提供の広告にドキッとし、スタバに集まって来る女性をみな自分の分身のように思え、公園でミニ気球を揚げようとしているおじさんに関心を持ち、最後に出かけた写真展で唐突に「私、決めた」と告げて去っていく女性。

しかし2人の関係は深まったわけではありません。名前も職業も告げず、公園という同じ空間で同じ時間をすごしているだけの関係。公園のベンチに座っている姿が気になるといっても、そこから何を見ているかまでは気にならない存在。もちろんこれまでの人生も、その後の目標も話題になることはありません。

唯一の例外は、写真展の被写体となっていた大館市が自分の出身地であると、女性が告げたことくらい。「私、決めた」は、その直後に来るのですが、何を決めたのかは明かされません。唯一のヒントは、写真の片隅に移っていた産婦人科の医院。というと、ピンときますよね。臓器提供の広告や人体模型で意識させられる人体の存在感が、都会生活の中で雲散霧消させられそうになりながら、それでも最後は存在に戻っていくという趣旨の小説だと思いましたが、いかがでしょう。

他に、地方の石材店で働いていた主人公が、東京の劇団に入って女優になりたいという妻とともに上京し、飲料水の配送会社に就職する「flowers」が併録されています。先輩の浮気などの事件にも遭遇しますが、我流の生け花と主人公の生きたかの相似を感じることができる作品です。

2017/3