りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

琥珀のまたたき(小川洋子)

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「芸術の館」という一種の福祉施設にいる老人男性には、6年8カ月もの間、母親によって監禁されていた過去がありました。今でも、少年時代に母親から言いつけられた呪縛に縛られている老人は、生涯を棒に振ったようなものですが、彼には豊饒な内面生活があったのです。

きっかけは妹の病死でした。父親が遺した別荘に移り住んだ母親は、残された3姉弟に「壁の外には出られません」と宣言。彼らに与えられたのは、図鑑編集者だった父親が遺した膨大な図鑑のみ。オパール琥珀、瑪瑙という名前すら、任意に開いた図鑑のページから新たに与えられた3姉弟は、地中に眠る宝石のように、別荘の中に潜み続けました。

崩壊の予兆ははじめから示されます。長女オパールは唯一の訪問者であった商人に惹かれるようになり、末弟の瑪瑙は壁の外に憧れ続けます。母親が築いた壁の中に心身ともに留まり続けたのは、琥珀だけでした。それは子供たちが「救出」されて母親が自殺した後も、続きます。琥珀色に濁って見えなくなった左目の中に、当時の家族の姿を凝固させながら・・。

アンネの日記』に触発されて作家を目指したという著者は、「壁の内側を楽園にするために、姉弟たちに物語世界を与えた」と語っています。最後の数ページでは、琥珀の画才によってその「楽園」が再現されるのですが、それでも後味が悪い小説ですね。琥珀が最後まで「あちら側の世界」に行ったままということなのですから。

2016/6