りぼんの読書ノート

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若冲(澤田瞳子)

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江戸時代中期。京都で活躍した伊藤若冲は、緻密な構図、大胆な題材、新規な手法による「奇想の画家」として知られています。著者は、若冲の生涯に思い切ったフィクションを挿入して、天才絵師の創作の秘密に踏み込みました。

そのフィクションとは、生涯独身を通した若冲に、実は自死した妻がいたということ。京都錦小路の青物問屋「枡源」の家督を継ぎながら商いを放棄し、自室に引き籠って絵を描き続けた若冲への非難が、新妻に浴びせられたせいだったというのです。さらに、実在した偽絵画家である市川君圭を亡妻の実弟ということにして、若冲との浅からぬ因縁を設定。もうひとり、視点人物である若冲の年の離れた異母妹・お志乃もまた、著者の創作です。

若冲の生涯を彩るのは、池大雅円山応挙与謝蕪村、谷文晁ら同世代の絵師たちとの交流、実家の青物問屋が巻き込まれた京都錦市場の営業停止騒動、愛憎半ばする実母・お清の死、京の大半を焼いた天明の大火などのエピソード。それは同時に、「雪中鴛鴦図」、「鳴鶴図」、「金閣寺の障壁画である月夜芭蕉図」、「動植綵絵」、「果蔬涅槃図」などの、数々の傑作が描かれた背景にもなっていきます。

ほぼ同一の構図を有し、真贋をめぐって今も意見の分かれる2作「樹下鳥獣図屏風」と「鳥獣花木図屏風」の制作の謎に迫るエンディングに至るまで、著者の主張は明確です。それは、著者が「なぜか見入らずにいられないものの、幸せな絵では決してない」という若冲の作品の背景にあるなにものかを探ろうとする試みです。

作品と史実の間の空白を、フィクションで見事に紡ぎあげた作品です。今年の直木賞候補にもあげられました。若冲の墓がある伏見深草石峯寺には、若冲の下絵をもとにして制作された「五百羅漢」が現存するとのこと。訪れてみたくなりました。

2016/5