りぼんの読書ノート

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長いお別れ(中島京子)

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長いお別れといっても、チャンドラーではありません。少しずつ記憶を失くしていく認知症のことを、アメリカでこう表現するようです。長く認知症を患っていた実父を亡くした著者の、実体験を踏まえた小説です。

かつて都立高校の校長や公立図書館長を務めた東昇平が、認知症を患って10年後に亡くなるまでの、家族の悲喜こもごもが詰まった物語。はじめに気づいたのは、長年昇平と連れ添った妻・曜子でした。同窓会に出かけてたどり着けなかったこと。迷子になって遊園地に迷い込んだこと。つまらない物をため込むようになったこと。

それぞれ自立して家を出ている3人の娘や孫たちがことの重大さを認識するのは、しばらくたってから。少々おかしいと思うことはあっても、面と向かっての対話は成り立つし、かつての知識で難読漢字もすらすら読みこなせるのです。しかし、少しずつ、少しずつ、症状は進化していきます。家にいても「うちに帰る」と言い出すようになり、次第に会話も成り立たなくなり、そして妻や娘のことを思い出せなくなる日がやってきます。

それでも、家族は家族なのです。曜子は思います。「言葉も、記憶も、知性の大部分も失われても、妻が近くにいないと不安そうになり、不愉快なことがあれば目で訴える夫の、何が変わってしまったというのだろう」と。著者が、認知症に罹った昇平を綴る視点は時にユーモラスであり、最後まで暖かさを失っていません。きっと、著者が実父に抱いた想いと重なっているのでしょう。

日本の認知症患者が500万人を超えて増大し続けるという中で、本書のテーマは他人事ではありません。認知症患者であっても、家族への親近感や愛情が失われることはないという本書のテーマは、一種の救いであるように思えます。

2016/3