りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

天切り松闇がたり5(浅田次郎)

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警察署も刑務所も出入り自由の、かつての大泥棒「天切り松」が、署長も警官も囚人も聞き惚れる「昔語り」をするという、ある意味シュールな人気シリーズの、9年ぶりの新作です。2・26事件や溥儀と嵯峨浩の婚姻を描いた前巻の続編ではなく、少々遡った時代を舞台とするエピソード集になっています。

「男意気初春義理事」
網走監獄で不遇な晩年をすごした大親分・仕立て屋銀次の死を知った「目細の安吉」が、正月元旦に立派な葬式を執り行う、義理と人情の物語。跡目を断った安吉の粋が、あってはならない癒着を続ける者たちの醜さと対比されます。

「月光値千金」
振袖おこんの姐さんにプロポーズしてきたのは、慶應出のアメリカ帰り、長身でハンサムな、住之江財閥の若き当主。これ以上ない結婚相手に対して、おこん姐さんは、横浜ホテルニューグランドの新年ダンスパーティで、どう返事したのでしょうか。不幸な少女だったおこんが、安吉に助けられた過去のいきさつも語られます。

「箱師勘兵衛」
まだ若い松を連れて、203高地で戦死した部下の家を訪ね歩く「説教寅」こと寅弥は、とんでもない相手と再婚して苦労している未亡人を助け出します。義理と人情の間で揺れる寅弥の心を決めさせたのは、列車に同乗していた「老箱師」でした。「箱師」とは列車内を仕事場にするスリのことです。

「薔薇窓」
教会で罪を懺悔した女を連れてきた神父は、安吉に何を依頼しにきたのでしょうか。本書で一番「泣かせる」物語です。このエピソードは昭和8年のことでした。

琥珀色の涙」
「黄不動の栄治」の養父は、天下一の名大工である根岸の棟梁。彼の最後の仕事は、栄治の実父である花清の旦那の屋敷でした。栄治は松を連れて、因縁の仕事に挑むのですが・・。人形焼のエピソードが泣かせます。

「ライムライト」
喜劇王チャップリンが来日して、犬養毅首相と晩餐をともにする予定の日は、まさに5・15事件の当日でした。チャップリンに化けて官邸へ行ったのは、「百面相の書生常」。本物は、浅草の映画館で招集された父の帰りを待つ少女を励ましていたのです。まさに「街の灯」のようなエピソードですが、書生常は本物のチャップリンに、またチャップリンも本物の父親には及ばないのです。

次代は戦争へと突き進んでいきますが、「目細一家」には、もう一働き、大仕事をして欲しいものです。

2015/4