りぼんの読書ノート

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紋ちらしのお玉(河治和香)

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「紋ちらし」とは、抱かれた男の家紋を刺青として体に彫ること。柳橋芸者の玉勇=お玉は、忘れられない男たちの家紋の刺青を千個集めるという「千人信心」の願をかけているのです。

次代は幕末。芸者であるお玉は、身分や立場の違いを軽々と越えてしまいます。旗本も幕閣も、攘夷の志士も、時には大名の相手もするお玉の身体に刻まれた家紋は、花剣菱、三つ巴、越前葵、土佐柏・・。唯一、相手への思いが強すぎて彫ることもできないでいるのは、組違桔梗紋。

しかし彼女は、身を潜めて激動の時代をやり過ごし、男たちとの愛のみに命をかけていた女というわけではありません。むしろお玉の愛は「薄い」のであり、相手がどんな立場でも、どんな主義主張を通そうとしていても、卑劣なことや理不尽なことは許せない。まして自分を政争の具に使おうなどという企てなど見過ごすことはできないのです。

それは反面、複雑な女心の襞に触れるものを受け入れてしまう危うさを併せ持っています。同じ著者の作品でも、鍼師おしゃあ侠風むすめシリーズの登鯉との違いは、そこにあるのでしょう。同時にそれは、複眼的な視点で幕末という激動の時代を描くことを可能にしているようです。

このシリーズは、第3巻まで出ているとのことです。後にはお玉の素性も明らかになるとのこと。彼女を通じて描かれる幕末とはどのような時代なのか、名手がこの素材をどう扱うのかに期待しましょう。相変わらず、成島柳北と榎本釜次郎はいい役割ですね。

2015/4