りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

凍(沢木耕太郎)

イメージ 1

著者のことはおぼりげに、深夜特急の作者としてしか認識していなかったのですが、本格的なノンフィクション・ライターであることを本書によって知りました。

本書は、ともにアルペン・スタイルのクライマーである山野井泰史と妙子夫妻を主人公とした、山岳ノンフィクションです。酸素ボンベを使用せず、大人数でのベースキャンプも大量な物資も必要としないのがmアルペン・スタイル。ピーク・コレクターでもなく、ストイックなほど厳しい登山を続けている泰史のターゲット選択の基準は、いかに美しい登山ラインを有している山なのか。ある意味、夫よりも天才的な登山家である妙子も、同じ思想の持ち主です。

8000mを超えるヒマラヤのガッシャブルムやチョ・オユーの登頂に成功し、既に世界的な名声を得ている2人が選んだのは、同じヒマラヤの難峰ギャチュンカンでした。しかしその登頂は、登山史に例をみないほどに厳しいものになっていきます。大氷壁悪天候、雪崩、ほとんど立ったままのビバーク、限界を超えた7000メートル超高度での無酸素滞在日数・・。最終的には泰史は手足の指10本を、妙子は両手の指10本を凍傷で失うという重傷を負いながらの帰還。

この壮絶な過程を、臨場感を保ちながら、圧倒的な迫力で描き出すためには、インタビュー能力や筆力を超えたものが必要なのでしょう。その秘密は、山野井夫妻がギャチュンカンの麓を再訪する最終章にあったようです。夫妻とともに現地を訪れた「50代の一般人男性」こそが、著者だったのですね。「意外と登れる」ので「同行を許された」とのことですが、書く対象者にどこまで近づくのかという好例だったように思います。

本書が「講談社ノンフィクション賞」を受賞したことも頷けます。同時に、著者の作品をもっと読んでみたくなりました。

2015/3