武蔵の後半生は、著作『五輪の書』とともに知られており、それらを全てフィクション扱いしない限り、「禁欲的な求道者」との人物像が浮かんできます。その境地に至るまでの人生を、どのように描くのかが、小説家の腕の見せ所なのでしょう。吉川英治は、かなり若い時点から武蔵を「求道者」にしてしまいましたが、凄まじい「生と性」を描く著者が生み出した武蔵像は、もちろん異なります。
11歳の少年、弁之助。現代の常識とは異なるとはいえ、とんでもないマセガキです。とにかく女性にもてまくる。義姉・おぎんの導きによって性に目覚め、薙刀を操る美貌の神官の娘・美禰のリードで覚醒され、契った男を殺してしまう狂女・沙和瑪をも包み込む。弁之助は、とてつもない「生と性の力」を持つ少年として描かれるのです。
その一方で、「生命の煌めき」にも心を捕らわれていきます。不意の衝動から打ち殺した野犬が、死の瞬間に発した「光」とは何だったのか。何かを捉えたと思っても、次の瞬間にはすり抜けてしまう焦燥感に突き動かされた弁之助は、買い始めた子犬とともに山に籠るのですが・・。
2015/3