りぼんの読書ノート

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ひみつの王国 評伝石井桃子 (尾崎真理子)

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『プーさん』や『ピーター・ラビット』を翻訳し、『星の王子様』や『ちびくろサンボ』を紹介し、ノンちゃん雲に乗るを生み出し、「岩波少年文庫」を立ち上げ、児童文庫の普及に努め、2008年に101歳で亡くなるまで「児童文学」に全てを捧げた石井桃子さん。本書は、読売新聞の文化部記者である著者が、ロングインタビューと膨大な資料をもとに著した、石井さんの評伝です。

冒頭に記された「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです」という石井さんの言葉に、著者の思いが込められているようです。誰もが持っている「私というファンタジー」こそが「ひみつの滅びない王国」なのですね。

稀有な生涯です。女学生時代に「文藝春秋」を起こしたばかりの菊池寛と知り合い、卒業後に入社。永井龍男のもとで雑誌編集を学ぶ傍ら、図書整理掛として犬養毅一家の知己を得る。新潮社に移ってからは吉野源三郎山本有三らと「日本少国民文庫」の編集にあたり、中野好夫井伏鱒二とも仕事仲間に。太宰治に惚れられたというのも、このころの話。

戦争中に執筆した『ノンちゃん雲に乗る』は戦後に出版されて大ベストセラーとなり、「岩波少年文庫」の編集責任者となるころには、すでに児童文学の第一人者となっています。女性だけで農業を営んだりした時期もありましたが、後半生は児童文庫活動や、後進の児童文学家たちとの交流や指導に費やされます、

著者が開こうとした、石井さんの「ひみつの王国」とは、「ノンちゃんの誕生秘話」でした。幼年時代に遊んだ氷川神社。若い日にスキーサークルで知り合った兵隊さん(新藤四朗)への手紙。物語の力でかたくなな心を開かせるエリナー・ファージョンの『リンゴ畑のマーティン・ピピン』との奇妙な相似。結核で早世した親友の小里文子の存在・・。

その一方で、石井さんが児童文学作品を見る眼の確かさが明らかになっていきます。先輩諸氏を批判し、一部の後輩とも道を違えることもあった石井さんですが、彼女が翻訳し、あるいは編集者として世に送り出した作品の多くが、今でも読み継がれていることに驚かされるのです。

2015/1