りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

あるときの物語(ルース・オゼキ)

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カナダの海岸に漂着したハローキティの弁当箱に入っていたのは、日本の女子高生ナオが「未知の読み手」に向けて綴った日記でした。日記を読み始めたルースは、アメリカからの帰国子女であったナオが抱えている悩みに引き込まれていきます。

父親の失業、母親とのすれ違い、学校でのイジメ、メイドカフェでのエンコー・・。自殺によって惨めな人生を終わらせようと決意したナオは、その前に敬愛する曾祖母である104歳の尼僧ジコウと、カミカゼとして散ったジコウの息子ハルキの生涯について書き記したいと思うのですが・・。

ナオは自殺してしまったのか。震災の犠牲になったのか。ハルキは特攻に散ったのか。父親が失業した理由は何だったのか。カナダ側での読み手を造型して本書を書き終えた直後に3.11のニュースを聞いた著者は、自分自身を読み手に設定して本書を書き直したそうです。

ナオの悲しみを救うにはジコウが象徴する無の境地だけでは不十分と感じた著者は、自分自身とナオに「今」を共有させていきます。時間も場所も越えて、読み手と書き手が渾然一体となって作り上げていく物語は、どこに着地するのでしょう。

アメリカ生まれの日系ハーフの著者は、アメリカとカナダを行き来している曹洞宗の僧侶でもあるとのこと。道元の「時間論」を量子論と結び付けて「有事(time beeing)の共有」を説明しようとした箇所は冗長でしたが、「9.11と3.11を経験してしまった世界の救済」を願う著者の思いが、強烈に伝わってくる作品です。

2014/8